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森川母乳育児相談室で頑張るママをご紹介!
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2012年10月 今月の親子

新潟市  I/Cさん  Aちゃん H22.2.17生
私が森川先生の所へ通うようになったのは昨年の11月、次女は1歳9ヶ月でした。
2歳で卒乳と考えていたので、最後のケアをしていただく先生になるのだなと思いながら訪れました。

 乳腺炎になりやすい体質のため、母乳育児中はケアが欠かせず、長女、次女とほぼ毎週のように助産師さんのケアにお世話になってきました。母乳のことだけでなく、育児、食事、生活全般・・・本当にたくさんのことを学ぶ時間でした。乳腺炎や詰まることは本当に辛かったのですが、とても充実した時間でした。母乳育児を通して、私の生活は周りに驚かれるくらい変わりました。

 昨年の3月、東日本大震災の時には福島県郡山市に住んでいました。当時は福島市の母乳育児相談室へ通っていました。幸い、家族は無事でしたが、原発事故・・・。悪いことに乳腺炎になりそうな気配。しかし電話も通じないし、ガソリンもないので福島市まで行くこともできませんでした。私が動けなくなってしまったらどうなってしまうんだろう、そう考えるととても恐ろしかったです。

 数日後、子ども二人を連れ、東京の実家へ12時間かけてたどり着きました。すぐに近くの母乳育児相談室へ駆け込みました。東京にいるときには、いつもお世話になっていました。「よく・・・来られたね、大変だったでしょう」先生やスタッフの方の深刻な顔をみて、「本当に大変なことが自分達の身に起きている」自分ではどうしようもないことが辛く、焦燥感でいっぱいでした。

 4月に自宅へ戻りましたが、週末はできるだけ実家へという生活が始まりました。情報は断片的で、子ども達の事が心配でなりませんでした。福島市の相談室も閉まってしまい、途方にくれました。幸い、宇都宮に福島や東京と同じ母乳相談室があることがわかり、毎週郡山と宇都宮を往復しました。

 そのうちに今度は夏に1ヶ月、長野県へ避難することになりました。いつもそうですが、移動するときには絶対にケアをしてくれる所を探さなければなりません。幸い、すぐに見つかり、長野にいる間は安心して過ごすことができました。

 そして11月から子ども達と新潟市へ。今までは自然育児の母乳相談室だったのですが、新潟で通える範囲に見つからず、ネットで探して森川先生にたどり着きました。先生には新潟での暮らし方も教わりました。気候も生活環境もまったく違う所へ来たので、本当に助かりました。普通の長靴ではなくて、丈の長い長靴が必要、雪かきにはママさんダンプ、子どもの服装、食べ物のこと・・・。週末に来る主人に知ったかぶりして教えてみたり。私たち母子が安心して暮らしてこられたのは先生のおかげです。

 新潟での暮らしが落ち着いてきた5月、次女の断乳。激しく泣かれましたが、何とか乗り切りました。こうして振り返ってみると、次女の母乳育児ではたくさんの先生にお世話になってきたことを改めて実感します。震災の時、生活が変わるとき、その度にいろいろなことを考え、心配もし、もうやめよう、やめたい、やめた方が、そう悩んでいましたが、でも続けてきて良かったです。次女が大きくなった時に話そうと思っています。
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2012年8月 今月の親子

妊娠して出産したら当たり前におっぱいが出ておっぱいで育てるもんだと思ってたのに全然当たり前じゃないことを知りました。
出産してから徐々にパンパンにはっていたおっぱいも二週間頃からあまり張らなくなり量もどんどん減っていきおっぱいを飲み終わっても満足せず泣くことが多く、体重も全然増えてなくて助産師訪問でミルクを足すことをすすめられました。おっぱいのあとに勢いよく哺乳瓶に吸い付く姿がすごく悲しくてごめんねって思ってました。でもこの子が大きくなることが一番大切と言い聞かせてでもやっぱりおっぱいで満足してほしい気持ちは消えませんでした。
諦めずに何度も何度も吸ってもらって2ヶ月になる少し前におっぱいだけで十分になることができてとても嬉しかったです。よし!これから楽しいおっぱいlife!と思っていた矢先……おっぱいをあげ終わっても右のおっぱいの上がボコボコとしていてなんとなく痛いなーと、、母親に相談したら乳腺炎になると悪いから病院行きなさいと言われすぐに産院に行きました。
そこでは痛い痛い乳首がちぎられるんじゃないかと思う痛みを我慢しながら開通してもらいました。どうやら白斑というのが一ヶ所あり詰まったようです。そのあとずっと気になってた桶谷式のマッサージを受けてみようと携帯で検索し森川先生のサイトにたどり着きました。すぐに連絡すると次の日に予約をいれてもらいました。
噂通りの痛くないマッサージですっかり楽になりました。それからとゆうもの、頻繁に白斑部分がつまってしまい、朝電話をかけて夕方マッサージしていただくことが何度もありました。
マッサージしてもらって楽になるもまた次の日にはつまる…。その痛みが本当に辛くて、もうおっぱい育児を諦めたくなったり完全ミルクの友達の、夜よく寝る話を聞いたりすると羨ましくなったりするけど、おっぱいを飲み終わってコテッと満足そうに寝たり、ニコニコと目を合わせてくる娘ちゃんを見るとやっぱりおっぱい頑張ろーって思ってしまうんですね。
白斑部分はすっごい小さいのに塞がってしまうと地獄がまってる。。先生にも爆弾をかかえたおっぱいと言われますが(笑)残り数ヶ月のおっぱいlife、この白斑さんと付き合いながら頑張りたいと思います♪おいしそうに飲んでくれて今や哺乳瓶拒否の娘ちゃんが愛しいです。
2012年5月の親子

住んでいるところ:新潟市
ママ:H/Eさん
お子様:Kちゃん(平成23年1月16日生まれ)


私が、森川先生に最初にお世話になったのは、長女の授乳中に乳腺炎になった時のこと。
4年半前です。
高熱とおっぱいの痛さに苦しみながら、産院へ行き痛いマッサージをされ薬も出され・・・。
育児をしながらこんな状態になるなんてと、不安と自分への怒りで一杯でした。
友達から森川先生のことを教えてもらっていたことを思い出し、さっそく連絡し行ってみました。
感動でした! 痛くなく、マッサージ後はスッキリして、子供もいっぱい飲んでくれました。
また、食生活がおっっぱいに影響していることも何となくしか頭になかったので、先生から色んな話を聞いて改心しました。
 昨年次女を出産した時は「今回は絶対乳腺炎にならない!」と決め、食事に気をつかいました。
子供においしいおっぱいをあげよう。 私が倒れてはダメだという思いでした。
今の食事の基本は玄米菜食に落ち着いてきました。 食事の脱線は何度かありましたが、この1年2ヶ月乳腺炎にならず過ごすことができました。
 授乳生活は母と子の絆を深めるものであると思いますが、私は毎日の食事が体を作って、健康になるか不健康になるかは食事次第だということに気づかされました。
 断乳後も我が家は、脱線しつつも食生活に気をつかって行きます。 今の世の中は色んな物や食べ物があって、真を通すのは大変だと思いますが、子供が大きくなったら本当に自分に必用な物、食の大切さを分かってもらえたら嬉しいです。
これらは子育てをしながら子供から教わったことです。 これからも子供に感謝しつつ母親としても成長していけたらと思っています。 
森川先生ありがとうございました。
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プロフィール
HN:
morikawa
性別:
女性
職業:
助産婦
自己紹介:
新潟県新潟市でオケタニ式母乳育児認定「森川母乳育児相談室」を開業。
併せてアロマテラピー・ベビーマッサージ教室もやっております。

★資格★
桶谷式乳房管理法研鑚会認定
<ナード・アロマテラピー協会>
アロマ・インストラクター認定
<日本アロマケア学会>
スペシャリスト認定
<国際ボンディング協会>
ベビーボンディングケア・インストラクター認定
★開業★
●森川母乳育児相談室
●「M's Baby」アロマテラピースクール
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